・・・の秋 ~ 富岡製糸工場 ~
久しぶりのミステリーツァー。
JR東日本「列車で行く日帰り旅行」から、『富岡製糸工場とまちなか散策』というのを仲間が見つけてくれて、行くことにしました。
コース内容は
※ 東京から高崎までの新幹線、Maxたにがわ号往復乗車券(とき号(Maxとき号)、長野新幹線あさま号は利用不可)
※ 上信電鉄(高崎駅から上州富岡駅往復乗車券)、富岡製糸場入場券 付き。
※ まゆのお菓子箱  付き。

新幹線、上州電鉄と乗り継ぎ、東京駅から2時間足らずで上州富岡到着。

上州富岡駅から徒歩10分で富岡製糸工場です。
重要文化財、世界遺産、そして国宝にもなったんでしたね。
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富岡製糸工場場内案内図
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富岡製糸場は明治5年(1872年)、明治政府が日本の近代化のために最初に設置 した模範器械製糸場です。
製糸場建設の指導者としてポール・ブリュナや製図工のオーギュスト・バスティアンなど、当初は10名ほどのフランス人を雇い入れ、器械製糸技術の指導が行われました。
富岡の地が選ばれたのは、この地が昔から養蚕が盛んで原料繭が確保できたこと、製糸に必要な水の確保ができたこと、工場建設用広い土地が用意できた・・・など。

建物は、木で骨組を造り、柱の間に煉瓦を積み上げて壁をつくる『木骨煉瓦作り』
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使用された煉瓦は、日本の瓦職人がフランス人の指導者から指導を受けながら焼きあげたもの。当初、”煉瓦”を知らなかった日本の瓦職人が指導を受けながら煉瓦を焼きあげるのは大変だったようです。

煉瓦の積み方は、一段に煉瓦の長手と小口を交互に積む『フランス積み』
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約50分ほど、ボランティアガイドに建物の説明と、115年間創業し続けた富岡製糸工場の歴史を伺いました。
東繭倉庫の入り口の上には「明治5年」と建てられた年度が記されてありました。
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操糸場。繭から生糸を取る作業が行われていました。
創業当初はフランス式の操糸器300釜が設置された、世界最大規模の製糸工場だったということです。採光のために多くのガラス窓や、繭を茹でたときに大量に発生する蒸気を逃がすための越屋根が、屋根の上に取り付けられていました。
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当時、ヨーロッパではカイコの伝染病がはやり、まゆや生糸、カイコの卵までが不足していたため、日本の生糸は主要な輸出品目でした。輸出総額の約70~80%以上を占めた時期もあったそうです。

明治政府がつくった官営工場の中で、ほぼ完全な形で残っているのは富岡製糸場だけです。
大切に保存していかなければいけませんね。
by nhana19 | 2014-11-09 23:05 | ミステリーツァー
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