カテゴリ:Hometown( 120 )
帰省 ~那須  ベーカリーカフェペニーレイン~
あっという間の2泊3日で、弟家族と一緒に泊まり、墓参もできたのでホッ!
三連休の最後の日。早々に実家を後にしました。

順調!! じゃ、那須によってお昼食べて帰ろうか…ペニーレインに行くことにしました。
ペニーレインのテラス席はとても気持ちがよくて、木漏れ日を浴びながらゆっくりくつろぐことができます。
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お店の中にはビートルズの歌が流れ、ビートルズのフォトなど、色々デコレしてあります。
ビートルズファンには懐かしいエリアなのではないでしょうか。
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ちなみに、買ってきたパンの一番手前のパンの名前はリンゴスターだそうです(笑)
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帰りはちょっとした渋滞に遭いながらも結構順調に帰ってきました。
まえは葛西臨海公園の観覧車を見ると、「帰ってきた~♪」と思えたのに、この頃ではスカイツリーを見ると「ただいま~♪」の気分になります。
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by nhana19 | 2012-07-16 23:07 | Hometown
帰省 ~塩釜 松島~
今日は弟たち家族と墓参。
三連休の中日とあって、松島海岸もたくさんの人でにぎわっていました。
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瑞巌寺の参道、長い参道なのですが、瑞巌寺のすぐ近くまで、津波は来たそうです。
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今でも閉められたままの店、道路の凸凹など随所に見られます。

お昼は塩釜の観光船桟橋にあるレストランBLAIR MARINA(ブレアマリーナ)で。
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ここはウニのパスタがとっても美味しいのです。メニューにのっていなくても、聞いてみてあったらだしてくれます。
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夕食は旬海で。手ごろな値段でとても美味しい海鮮です。
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松島海岸の早い復興が待たれます。
by nhana19 | 2012-07-15 23:37 | Hometown
帰省 ~会津若松 ~
三連休を利用して、田舎に墓参に行ってきました。
三連休の初日の割に高速の渋滞もなくスイスイ行けたので、会津若松に途中下車。

鶴ヶ城に行ってみました。
現在の天守は1965年(昭和40年)に鉄筋コンクリート造により外観復興再建されたもので、内部は若松城天守閣郷土博物館として公開されています。
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鶴ヶ城歴代藩主の変遷
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茶室 麟閣 
千利休の茶道が絶えることを惜しんだ会津の領主蒲生氏郷は、利休の子小庵を会津に匿いました。この「麟閣」は、小庵が会津に匿われていたときに、氏郷のために造ったと伝えられており、戊辰戦争後は茶人森川善兵衛宅で大事に保存されていたものを、平成2年、元の場所へ移築復元されました。
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国指定名勝会津松平氏庭園 御薬園(おやくえん)
中央に心字の池を配した回遊式の借景園と、各種薬草を栽培する薬草園が御薬園の名前の由来です。
会津松平家最後の藩主容保公は、鳥羽伏見の戦いの後帰国して、城には入らず御薬園で蟄居し、また明治16年会津に家族で帰りここで数年暮らしたということです。
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お昼は御薬園の一角にある、重陽閣の2階でいただきました。
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御茶屋御殿でゆっくりお抹茶をいただきながら心字池を見るもよし、薬用植物標本園で花や草を観察するもよし、重陽閣でランチするも良し、御薬園はとても良いところでした。

夫新島襄に「ハンサムウーマン」と呼ばれた、八重の生涯を描いた来年のNHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台が会津若松。
会津若松といえば、戊辰戦争、白虎隊、鶴ヶ城(会津若松城)。今までもこの土地を舞台にたくさんの歴史ドラマが作られました。
来年の大河ドラマ、どのようなストーリーになるのか楽しみです。e0055176_15345635.jpg
by nhana19 | 2012-07-14 23:31 | Hometown
帰省 ~被災地 石巻~
親戚の結婚式があり、田舎に帰ってきました。
午前中の新幹線に乗り、仙台でレンタカーを借り、被災地石巻へ行ってみました。
標高60.4メートルの日和山からの眺めです。
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瓦礫の山
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流され、ここに集められた車の山
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乗り上げた船
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あの赤い缶詰め・・・昨年3月11日、巨大缶詰めは東日本大震災の津波で約300メートル押し流されたそうです。
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津波を伝えるモニュメントとして保存を求める声もありましたが、所有する地元の水産加工会社「木の屋石巻水産」が被災者の心情を考えて解体を決めました。
30日解体されるそうです。解体後は、部材を使って小型のモニュメントやいすなどに生まれ変わらせ、震災を後世に伝えて行くということです。
近くまで行ってみましたが、本当に大きい。これが300メートルも押し流され、これだけ拉げたのかと思うと、津波がいかに強いものであったかが思われます。
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この病院の3階部分までの高さの津波が来たそううです。
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ちょうど通りかかった方が話してくださったのですが、
地震のたびに、「津波の恐れがありますから日和山に避難してください。」という放送が流れていたそうですが、みんなそれに慣れてしまい、狼少年の話と同じように、「どうせこないよ・・・」という風潮ができていたそうです。
その方は放送のたびにいつも日和山に避難し、今回も日和山に車で避難したそうですが、近所の方は誘っても来ず、結果として亡くなったそうです。
津波が来た時よりも、引いていく時のほうが破壊力が強いと言います。
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正面の森、あの日和山まで上がれば助かったのにね。
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1年以上過ぎた今でも、これほどの瓦礫と、爪痕が残っている被災地でした。
by nhana19 | 2012-06-23 22:19 | Hometown
帰省 ~平泉 中尊寺&高館義経堂(たかだちぎけいどう)~
ブログをお休みしている間に季節は移ろいましたが・・・

中尊寺の表参道、月見坂の木立の中をゆっくり歩いていきます。
五月の連休、藤原祭りの始まり、世界遺産に登録・・・ということもあるのでしょうが、たくさんの人でにぎわっていました。
弁財天の池は桜の花びらで覆われ、
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あたりの桜はとっても美しかったです。
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義経終焉の地といわれている高館。
ここにはかつて藤原氏三代秀衡公の庇護のもと義経が住んでいた居館がありました。しかし、文治5年(1189)閏4月30日、頼朝の圧迫に耐えかねた秀衡公の子・泰衡の急襲にあい、この地で妻子とともに自害したと伝えられています。
丘の頂上には、天和3年(1683)、仙台藩主第四代伊達綱村公が義経を偲んで建てた義経堂があり、中には義経公の木造が安置されています。
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高館からの眺望は平泉随一といわれ、雄大に流れる北上川、束稲山が見えます。
この山で8月16日「平泉大文字送り火」といわれる大文字焼きが行われます。
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弁慶立往生として知られる場所は、衣川土手沿い、写真左手鉄橋と車道のちょうど間くらいであったと、地元の人が教えてくれました。
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1689年5月13日平泉を訪れた芭蕉は、義経の居館があったと伝わるこの高館に立ち、「夏草や 兵共が 夢の跡」の名句を残しました。
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今回は、美しい桜の平泉に出会えてうれしかったです。次回は季節を変えてまた…
by nhana19 | 2012-06-13 21:21 | Hometown
帰省 ~平泉 毛越寺~
大好きで何度か行っている平泉。今回は世界遺産になって初めての訪問です。
1日から藤原祭りが始まっているせいか毛越寺はにぎやかです。
臨池伽藍跡(史跡) 昔はこうであったのか…
『吾妻鏡』によると、金堂円隆寺は金銀をちりばめ、紫壇赤木を継ぎ、万宝を尽くした荘厳さで、本尊として丈六の薬師如来、十二神像を安置してあったと言います。
その後毛越寺が炎上したとき、『吾妻鏡』では
「この寺は荘厳(装飾の美しさといった意味)において、わが朝(わが国)無双(ならぶもののないほどすぐれている)なり。右大将軍(頼朝)が文治5年(1189)奥州征伐のとき巡礼されてから殊に信仰された寺であったのに」と、最大級の賛辞で愛惜の情を吐露しています。
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本堂前では、郷土芸能の江刺鹿踊(えさしししおどり)が行われていました。
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地蔵菩薩。
穏やかなお顔に、いつも心癒されます。
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出島石組と池中立石。
水辺から水中へと石組が突き出し、その先端の飛び島には約2.5メートルの景石が据えられ、庭の象徴として池全体を引き締めています。
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この碑文は「夏草や 兵どもが 夢の跡」という松尾芭蕉の俳句を、新渡戸稲造が英訳し、毛筆で揮毫(きごう)したものです。
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毛越寺の門前にあった茶店が、違うお店になっていました。愕然!
失礼とは思いながら新しいお店の人に聞いたところ、別のところに移ったとか…教えてもらったとおりに行ってみたらありました。まだ開店したばかりということでした。
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やはり顔を覚えてくれていて、コシアブラの天ぷらと甘酒を出してくださいました。
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旅先での心の触れ合いを嬉しく思いました。
by nhana19 | 2012-05-07 10:47 | Hometown
帰省 ~松島~
ゴールデンウイークの前半で田舎に帰ってきました。
雨は降らないのだけど曇っていて、写真写りにはイマイチのお天気でしたが桜は満開。
奥州一宮の塩竈神社です。
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塩竈桜。
二本ある葉化した雌しべが、まるで普賢菩薩が象(象の牙)に乗っているように見えることから名がついたといわれている”普賢象”に良く似ています。
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お昼は鮨しらはたで「しらはたのおまかせにぎり」を。
HPの写真にのっている方の握ったお鮨は美味しかったけど、息子さんの代になって(混んでいたからかもしれませんが)、ちょっと味が落ちたかも!もちろん美味しかったけど…
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塩釜から遊覧船に乗りました。ウミネコと一緒に島めぐりです。
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あら?仁王島修復中。
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鐘島
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鎧島
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材木島は津波により崩落して2つにわかれてしまったそうです。
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松島西行戻しの松公園からの眺め。墨絵の世界。
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ずんだシェークを飲んでちょっと疲れが取れました。
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朝6時に東京を出発して、塩釜、松島海岸を観光して実家に到着で~す。
お風呂はいつも「夢見の国」へ。
夕方5時からだと500円で入れるので、田舎に帰った時にはいつもここへ入りに行きます。
by nhana19 | 2012-05-06 21:39 | Hometown
帰省 ~被災地東松島市~
3月11日に東日本太平洋沖地震による津波が襲来、東北は甚大な被害を受けました。
松島海岸は湾内に浮かぶ島々が防波堤となり、冠水はしても大津波からはまぬがれました。でも東松島市はそうではなかったのです。

東松島市にある海水浴場、野蒜、大浜、室浜、月浜などは私達が小さい頃には夏になるとよく連れて行ってもらっていたので、様子を見たいと思い、母方の叔父のところに行った帰り寄ってもらいました。
いまだにこんな光景がありました・・・
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かんぽの宿も1階部分まで津波が来たのでしょう。2階より上は表面は無傷でした。
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これを瓦礫といわずして何と言いましょう。
でも、被災地の方たちの「瓦礫といわないで・・・私達の大事なものだったのですから。」という言葉に、この光景を目にして痛感しました。
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油を流したような水面・・・とはこんな光景を言うのでしょうか。
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私の実家は内陸部に位置しているので、津波の被害は全くなく、それでも地震により電気水道はだいぶ止まっていたようです。(ガスはプロパンガスなので意外に早くOK。)
関東では電気もすぐ付き、東北の津波の様子などテレビで詳細に見ることができましたが、地元では携帯ラジオ以外の情報がなかったので、地震の後どれほど津波による被害があったのか、耳で聞くことしかできず、あまりピンとこなかったようです。
都会と違って、ガソリン不足は足がないのと同じで苦労したようです。
母の友達に災害時の貴重なお話をたくさん伺って、お米・野菜などたくさん頂いて帰ってきました。母が亡くなっても家を見ていてくれ、帰省する私達に色々な物を持たせてくれる田舎の隣人たちに感謝です。
夫が一言! 「全てお母さんのおかげだよ。」
by nhana19 | 2011-11-27 23:52 | Hometown
帰省 ~扇谷(幽観)~
叔父の訃報に接し田舎に帰ってきました。
スカイツリーも、昨年同じ時期に帰った時にはまだ上の部分はできていませんでしたが、いまでは外観はすっかり出来上がり、最後の仕上げにかかっています。
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東北道の紅葉も進み、”これよりみちのく”の標識を過ぎると、雪化粧の山々が近くに見えだします。
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左のピークは和尚山、右側の山頂に雪を冠く山が安達太良山です。
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今年の扇谷はどうでしょう。まだ間に合いましたが昨年よりは黄色が多いかな。
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東側はさすがに日が陰り島々も沈んで見えます。
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遅れ目のお昼は「すし哲」でいただきました。
私達がよく行く”鮨しらはた”はお兄さんのお店。”すし哲”は弟さんのお店ですが、今日はお隣にある”すし哲”のほうへ行ってみました。
ウニ、マグロが美味しかった~♪ ウニが苦手な私でも美味しく食べられました。 
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by nhana19 | 2011-11-26 23:05 | Hometown
帰省 ~帰宅~
両親のお墓参りに出かけたら、お墓で私のいとこと友達に会いました。
思いがけない出会いにうれしくなったりして~♪
いとこは私と同い年、父の姉の息子。私の母の亡くなった時以来の出会いに、携帯電話の交換をして、今度帰ってきたときに会おう・・・なんてね。
両親が亡くなるといとこ同士が何となく寄り添います。
小学校以来の竹馬の友は毎年会っているのですが、お互い”お盆には会わない”が申し合わせなのに、偶然会ってしまいました。運命的~~(笑)

義妹とは9月に東京で会う約束をして、秋にはまた松島で会う約束をして新幹線へ。

新幹線のホームのお弁当屋さんには、こんな文字が
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いつもは弟たちとドライブするんだけれど、今回は実家と松島海岸のみ。
あまり見たくない、現実を知りたくない・・・の逃げの帰省でした。
by nhana19 | 2011-08-15 23:17 | Hometown